トップページ

コンサート情報

トピックス

概要

KMFミュージックフレンズ

CDメディア

リンク

 ホーム(ニュース)コンサート調律師 MPA のひとりごと第10回「熱烈的中国」*教育編*

第10回「熱烈的中国」*教育編*  コンサート調律師(MPA) 山脇 健次

ものすごい勢いで経済発展を続ける中国。私が中国出張で、見て聞いて感じたことをレポートします。さて今回は中国教育編です。

上海の龍(ロン)君の一日は6時の起床から始まる。お気に入りの日本のTVアニメ・ドラえもんを観ながら、お母さんに催促され教科書をカバンに詰める。学校は家の目の前、7時15分に家を出る。中国では9月に新学期だから、龍君はピカピカの小学校1年生。

授業は月−金で7:30〜15:30、好きな授業は英語、中国では幼稚園から英語の授業は有る。

龍君は3人家族、お父さんは民間会社の経理マン、いつも仕事で帰りが遅い。

お母さんの梅香さんは民間大手の楽器店の総務担当、そして日本語が堪能である。

私が上海に出張した際には、何かとサポートをしてくれる。だからこの数年、年に1,2度 は彼女の通訳に大いに助けてもらっている。

さて、龍君は学校から帰ったら個人塾に行く。両親が共稼ぎの家庭ではごく普通の風景である。近くに住むおばあちゃんが食事の支度をしてくれる。そして土曜、日曜は目一杯友達と遊ぶ。

中国の教育制度は基本的には日本と同じ6・3・3制である。そんな龍君の夢は、最高学府の北京大学に行き新しいコンピューターを開発し、平和な世の中を造ること。

どこぞの代議士に龍君の爪の垢を煎じて飲ませたい。龍君は私の事を「日本のおじさん」と呼ぶ。「日本のおじさんの夢は?」と問われ、「うーん、おじさんはね、調律をして、平和な世の中をムニャムニャ・・・」そう言って、澄んだ龍君の眼を正視できない自分が情けない。

龍君には、長い髪が自慢の潔(ジェー)ちゃんというガールフレンドがいる。でもあと3年経つと潔ちゃんは別の学校に行く。潔ちゃんの夢はピアニスト。だから3年後は上海音楽院付属中学に行くことになる。中国には北京、上海、武漢等9ヶ所の主要都市に国立音楽大学が有り、それぞれに付属中学(小4から高3までの9年制一貫教育)を持っている。

そこでの授業は殆どが音楽に関わる事で、学生の70%以上は地方出身で学校敷地内の近代的な寮で寄宿生活をすることになる。日本で人気の「リー・ユンディ」は四川音楽院付属中学から、但(ダン)先生に連れられ深センの芸術学校(専門学校的で音楽・美術・舞踊・バレーの4科からなる)に転校しショパンコンクールに出場した。10月に深センに出張した際、芸術学校の入り口に2006年度の卒業生の進路が掲示してあったが、音楽科の場合、26名中、国立音大に進学14名、師範大学等他の大学に進学9名、未定3名であった。

さて、私が上海音楽院で仕事をしているとき、去年まで龍君や潔ちゃんは私の周りをウロチョロしていたが、彼らも忙しくなり、今年からはそれも無くなり、私としてもなんとなく寂しい。なにせ私の1番の中国語の教師だっただけに、これはやっぱり寂しい。

でもいつか潔ちゃんに「おじさんの夢は?」と聞かれたら、ちゃんと上海なまりの中国語で応えられるよう勉強しておこう。その時は絶対、「皆が平和で幸せな心になるように、いい音を造るんだ」と・・・言えるかなー?

 

山脇 健次 (やまわき●けんじ)

1977年 カワイピアノ入社
1978年 サービスセンター札幌勤務
1993年 カワイヨーロッパ研修
1995年 ピアノ研究所勤務
1998年 北海道支社勤務

国際コンクール暦(主なもの)
1994年 ロンドン国際コンクール
1994年 ダブリン国際コンクール
1994年 ジョージ エネスコ国際コンクール
1995年 サンタンデール国際コンクール
1997年 ヴィエンナ・ダ・モッタ国際コンクール

趣味:許せる範囲で世界遺産巡り
特技:動物と仲良くできること

 

次回はこちら

    

掲載元:「あんさんぶる」2007年1月号より転載。(あんさんぶる編集室に転載許可済み)
あんさんぶる編集室(
カワイ音楽教育研究会 機関誌)に無断で転載することを禁止します。

 

 ホーム(ニュース)コンサート調律師 MPA のひとりごと第10回「熱烈的中国」*教育編*