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第18回「ベルリン・レコーディング記」 コンサート調律師(MPA) 栗栖 真治
2008年11月、鉛色をした冬空のベルリンを訪れたのはCEPORコンクール優勝者、ロマン・デシャルム氏のレコーディングのためでした。
場所はベルリン・ダーレム地区にあるジーザス・クリストス教会。外観は普通の教会ですが、音の響きがとても良いことで知られ、ベルリンフィルがここで数多くの録音を残しています。
ちょっとした小ホールほどの広さでオーケストラも無理なく入り天井も高く、なんとも言えない柔らかく重々しい響きが印象的です。
ピアニストのデシャルム氏は気鋭のフランス人ピアニスト。昨年のCPORコンクールはじめ多くの国際ピアノコンクールで優勝しています。
ピアノソロのレコーディングはまずピアノの位置を決めて調整を行い、トーンマイスター(ドイツ語でレコーディングエンジニアの意味)がマイクを設置。そしてピアニストが演奏して録音の状態を確認、ピアニスト、トーンマイスターと相談しつつ最終的にピアノのセッティングを決めていきます。
録音の音を聞いて「中音、高音は良いけれど低音がもう少し太く暖かい音が欲しいね」との注文。ハンマーが弦に一番近くなる距離をほんの少し変えたりして調整を変更、音の立ち上がりを少し遅くし音に深みを出そうと言う作戦です。
最近の録音では演奏を直接パソコンのハードディスクに取り込んでしまうので録音・再生や編集がその場のマウス操作一つで出来てしまいます。
調整前と調整後で聞き比べしてみます。いつもは感覚的にしている仕事をその場で聞き比べられるのはとても新鮮でした。作戦通り低音に深みが出て録音開始です。ところで録音の仕事で困るのがちょっとした雑音。高性能マイクは小さな物音も拾ってきます。
「・・・ギュ」
調整室のスピーカーから聞こえてきました。どうやらソフトペダルを踏んだ瞬間に出る音。
部品が当たる所をきれいにして雑音を防ぎます。しばらくして
「・・・ギシ」と言う音。どうやら体重移動した時に座っている椅子から出ているよう。怪しい所にグリスを付けて行きます。
「・・・ピキッ・・・」
トーンマイスターが振り返ります。ドキッ(違う違うピアノじゃないよ)首を振ります。
窓のステンドグラスが夜の冷気で収縮して出す音でした。録音中は朝と昼にピアノをチェック、夜に次の日のために調整をします。録音中に何度も調律するとピアニストのリズムが狂うので狂わないように慎重に調律します。
ただし良く響くホールではきっちり音を合わせると音に拡がりが無くなります。音が遠くまで響くようにちょっとずつ音をずらしていきます。最後の曲「ラ・ヴァルス」では曲のダイナミックな流れを大切にするため、まずは通して演奏することに。トーンマイスターも録音ボタンを押してホールの中に来ました。コンサート形式でやろうと言うことらしい。聴衆はトーンマイスターと同僚のペーター、私の3人だけ。
優雅にしかし緊張感溢れる出だしから序々に盛り上がりを見せる展開部まで、確かな技術と気合のこもった素晴らしい演奏でした。迫力のエンディングはデシャルム氏の気迫に気圧されそう。もう少しで録音しているのを忘れて拍手をするところでした。レコーディングの仕事はコンサートとは違った意味で神経を使うことも多いのですが、こんな素敵な演奏を独占出来る贅沢な気分も時に味わえます。
Shigeru-Kawai EXを使用したこの録音は2009年夏にAuditeレーベルから発売予定です。
〜プログラム 〜
モーリス・ラヴェル
ソナチネ
高雅で感傷的なワルツ
夜のガスパール
ラ・ヴァルス栗栖 真治 (くりす●しんじ)
1988年3月河合楽器製作所入社 横浜技術課勤務。
1996〜98年海外研修。後にピアノ研究所、2002年より仙台支社勤務。
2005年5月よりカワイヨーロッパ勤務。
趣味:バイクと子供(2歳男子)と遊ぶこと
特技:どこへ行ってもすぐ馴染むこと
国際コンクール歴:(主なもの)
・仙台国際(日本・04年)
・リヒテル国際(ロシア・05年)
・サンタンデール国際(スペイン・05年)
・カサグランデ国際(イタリア・06年)
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