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第17回「第3回 ラフマニノフ国際ピアノコンクール in LA」 コンサート調律師(MPA) 大竹 隆典
6月13日から22日までLA郊外のパサディナ市とカワイアメリカの地元ロサンゼルスにあるウォルトディズニーコンサートホールで第3回ラフマニノフ国際ピアノコンクールが開かれました。今回も使用ピアノはカワイSKEXの1台だけです。前回は2005年6月だったのであれからちょうど3年が過ぎたと思うと時の過ぎ去るのは早いもので感慨深いです。実は前回はひとつハプニングがありました。ファイナルでピアノ協奏曲を演奏するモスクワのチャイコフスキー交響楽団メンバーのパスポートかビザが間に合わず数日前になって突然来れないことがわかったのでした。で、どうしたかというと主にLAフィルのメンバーなど地元の演奏者をかき集めラフマニノフコンクール&フェスティバルオーケストラを結成しファイナルとガラのコンサートを乗り切ったのでした。
アメリカに限らず海外では仕事や生活の中で日本では考えられないような出来事にしばしば遭遇します。でも以前のヨーロッパ研修中特にイタリアやルーマニアでは鍛えられましたので少々の事では動じません。これも海外研修の大きな成果?いや1度真剣にビビったとっておきのお話があります。
91年秋ルーマニアのエネスココンクールは革命後初の開催で私にとっても海外での初仕事でした。コンクール半ばのある夜半、仕事を終えての帰り道、前方には宿泊していたホテル前の広場が人で埋まり盛大に花火が何発も上がっているのが見えました。普段交通量の多い大通りも歩行者天国状態で見物の群集がその広場に向かって歩いています。さすが国をあげてのコンクールと音楽祭は花火大会まであり気合が入ってると感心したのですが、ホテルに近づくにつれなぜか目から涙がポロポロと・・・なんでこんなに感動してるんだ?・・と気付くと花火だと思って見てたのは催涙弾で広場に集まる群集めがけて撃ってます。これはマズイことになっている早くホテルに逃げ込もうと走りだしたとたんボーンという低い発射音からパンパンパンと乾いた高い音に変わりその瞬間広場へ向かっていた群衆が一瞬で180度向きを変え全力疾走でこちらへ向かって逃げ出し大通りは阿鼻叫喚のパニックです。ライフルの発射音を真近で聞くのも初体験となりました。しかも自分のいる方に向かって撃ってきてます!このときは群集に押し流されながらホテルと反対方向に全力疾走しました、しかも重い工具カバンを抱えて。乗り継ぎが遅れ飛行機に乗り遅れるときでもあれほど速くは走れませんと今思います。その晩は危なくてホテルには帰れませんでした。翌日のニュースで炭鉱労働者のデモ隊と警官隊がその広場で衝突し部隊の実弾発砲でデモ隊や見物の群集に死傷者がでたことを知りました。その後もコンサート中に曲が静かになると外からボーンという催涙弾の発射音が聞こえたりはしましたが無事コンクールと音楽祭は終わり帰るころには事件の責任をとってルーマニア内閣総辞職というニュースが流れてました。
実は今夜7月4日は独立記念日、遠くや近くで大小の花火が飛び交っています。この音を聞くと17年前の記憶が・・これってトラウマ?えーと話は大きく脱線タイムスリップしてしまいましたので今年のラフマニノフに戻します。
今年は大丈夫絶対来ますから。と関係者は言ってますのでそうなのでしょうが、前回のこともあるしまだ1次が始まるところなのでピッチ440Hzのままスタートしました。もしチャイコフスキー交響楽団が演奏するなら442Hzに上げなくてはなりません。米国ではオーケストラもピアノも440Hzで演奏してます。なぜ世界のお約束であるメートル法を未だに無視し続けるこの国で440Hzだけは律儀に守られているのかは謎です。逆にヨーロッパでは442Hz以上で地域によっては445Hzなどという調律師にとっては傍若無人なことをやってます。何事にも律儀な日本でさえピッチに限ってはクラシックは442Hz、演歌からロックまでバンド系は441Hz、因みにインターネットによると440Hzを守ってるのは米国、英国、オーストラリアとの事。1次が終わってキャンセルの連絡もないので442Hzに上げました。2次も終わりファイナル前日のリハーサル開始時間、準備も整い待っていると現れたのはなんと指揮者とピアニストだけ!会話も途切れがちな白けたム−ド、不穏な空気も高まる10分後・・よかった、一人二人と現れた楽団員、全員揃うと狭い練習スタジオは100名近い楽団員でびっしりでその中にいっしょに座って聞く協奏曲2番は、ああ楽団員はこういう音を聞いていたんだ、と新たな発見や感動がありました。
こうして何事もなかったようにコンクールは幕を閉じたのですが、実はハプニングはその初日に発覚したのでした。プログラムには23名の参加者が写真入りで載ってます。が実際に来たのは13名、1名棄権し12名で1次がスタートしたのでした。参加者の半分がキャンセル?
なんとこんなこともあるんだ。あるのです。意地でも動じませんが呆れました。ファイナルも3名のはずが2名しか選ばれず、結果も1位なしの2位と3位で盛り上がりに欠けました。
しかし1次からファイナルまでピアニスト達の演奏にはいくつもの輝く瞬間があり、感動をもらえ、それが苦労の報われる至福の時であったことに変わりはありませんでした。
最後まで読んでいただきありがとうございました。コンクールの内容を期待して読まれた方はいないとは思いますが、もしいらっしゃったらどうかご勘弁を。「ひとりごと」ですので。
ウォルト・ディズニー・コンサートホール
ガラコンサート終演後客席のスタンディングオベーションに応えるアーテム・アバシェフさんと指揮のミッケルセン氏
コンクールファイナル チャイコフスキー交響楽団と1位なしの2位となったアーテム・アバシェフさん(ロシア)
ラフマニノフピアノ協奏曲2番リハーサル風景。
狭いリハーサルルームは100名近い楽団員で埋め尽くされました。
大竹 隆典(おおたけ●たかのり)
1981 サービスセンター東京勤務。
1982 サービスセンター名古屋勤務。
1991 カワイヨーロッパ研修。
1993 ピアノ研究所勤務。
1996 中部支社勤務。
2003 ピアノ研究所勤務。
2004 カワイアメリカ勤務。
国際コンクール歴:(主なもの)
・サンタンデール国際(92年)
・ヴァンクライバーン国際(93年)
以上はアシスタント担当
・ウイリアムカペル国際(96年)
・ウイリアムカペル国際(98年)
・アトランタ国際(02年)
・ラフマニノフ国際(05年)
趣味:スキー&スノボ、ギター
特技:出張の旅 (昨年間234日)
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