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藤田真央ピアノリサイタル 開催レポート
<第20回浜松国際ピアノアカデミー優勝記念>
2017年3月10日(金)19:00開演(18:30開場)
会場:カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ 」
コンサート開場前、カワイ表参道のガラスドアの前に、「当日券はございません」の文字。さらには、開場時刻にはすでに、二階のホールから階段下までの長蛇の列。そして興奮気味のお客様の表情――若き俊才に寄せられる人気と期待が、これだけでよくわかります。盛大な拍手で迎えられた藤田さん。まず演奏されたのは古典派の雄 二人、ハイドンとベートーヴェンの楽曲です。ハイドンの《アンダンテと変奏曲》は、作曲当時流行した二重変奏曲。悲しく寂しげな単調の主題と、軽やかな主題が交互に、また巧みに変奏されていきます。藤田さんの十指からは、まるで当時のフォルテピアノで演奏されているように聴こえるほどに軽やかでありながら、モダンピアノの音色の深みも兼ね備えた音色が紡ぎ出されていきました。コンサートの幕開けにあって、この独特の音色は強く印象に残りました。
続いてはベートーヴェンの《ピアノ・ソナタ第23番「熱情」》。世界のどこかの演奏会で、必ず毎日一度は演奏されているのではないか、と思われるほどの定番曲ですが、藤田さんはこの曲の新たな魅力を開示してみせました。激しい演奏も情動に身を任せるだけではありません。第一楽章では、細かなパッセージやアルペジオの音の粒の揃い方などの演奏細部の処理から、その演奏の激情が、その実、確かな技術と理性という基礎に下支えされていることがわかります。藤田さん自身の言葉を借りれば「瞑想的」な緩徐部分、しかし決して演奏の緊張感は失われない第二楽章。終始切迫感に満ちた第三楽章も、藤田さんが持っている一音一音への集中力は失われず、どんなに細かく、また急速なパッセージも、全ての音に芯を与えながら、しっかりと弾ききっていました。
後半は、ムソルグスキーの大作《展覧会の絵》。前半ですでに見せた集中力や技術の確かさはそのまま、暗く不気味な〈小人〉や〈カタコンブ〉から、愛らしく滑稽な〈卵の殻をつけたひな鶏のバレエ〉まで、幅広い性格を持つ小品群を、一個の統一体として纏め上げていました。特に印象的だったのは、重々しい〈ブイドロ〉と堂々たる終曲〈キエフの大きな門〉でした。どちらの楽曲も、音量の大きさを要求される曲ですが、だからと言って、ただ音が大きいだけでは音楽の芸術としての側面が失われてしまいます。藤田さんはこの点に関してまったくの模範演技を聴かせてくれたように感じます。重々しい音も、祝祭的な鐘の音も、藤田さんの手にかかれば決してうるさく聴こえることなく、ホール全体に美しく響き渡っていました。
アンコールは、素朴ながら美しいシューマンの《アラベスク》、ピアノを通して流麗な歌が聴こえてくる、シューマン=リストの《献呈》、そして最後には大曲、ショパンの《英雄ポロネーズ》と、大曲続きのプログラムを弾ききった直後とは思えない盛りだくさんの曲目が演奏され、万雷の拍手の中、興奮に満ちた一夜は終わりました。
藤田さんの演奏には、純粋なテクニックの水準や楽曲全体の構成力もさながら、各所各所に張り巡らされた神経の鋭さ、楽曲にある表現を的確に演奏に反映させる能力、そしてそれを音楽としての美しさへと昇華する感性があるということを実感しました。そして今夜のリサイタルは、それを全身で堪能できる、素晴らしいものでした。今後の活躍に、心から期待しましょう。
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