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KMAP
西原 稔 公開講座 開催レポート(3- 全3回シリーズ)
R.シューマン − 知られざるその世界 −
2011年4月8日(金) 10:30〜12:30
主催:カワイ音楽振興会
会場:カワイ表参道コンサートサロン「パウゼ 」
4月8日(金)、表参道の「パウゼ」にて、『シューマンのピアノ作品講座』(第3回目)が催されました。講師は、桐朋学園大学音楽学部学部長の西原稔先生でした。今回の第3回目は東日本大震災のため、延期となっていた講座ですが、朝早くから多くの方が会場に集まっておられ、みなさん西原先生の講義を心待ちにされていたのだと思います。今日西原先生が取り上げて下さった作品は、《幻想小曲集》op. 12、《子供の情景》op. 15、《クライスレリアーナ》op. 16の3曲でした。いずれも1830年代の作品で、西原先生のお言葉をお借りすれば、シューマン作品の中でも「よく考えられた作品」だということです。では、どのような点が「よく考えられて」いるのでしょうか。ここでは、先生の講義内容をすべて書くことができないのが残念ですが、いくつかのポイントに絞って紹介していきたいと思います。
まず、《幻想小曲集》について。この小曲集は自筆譜(=作曲者自身が書き残した楽譜)の段階では、8曲が第1集と第2集に分かれた形で構成されていたそうです。つまり、第1集には〈夕べに〉〈飛翔〉〈なぜ〉〈気まぐれ〉の4曲が、第2集には〈夜に〉〈つくり話〉〈夢のもつれ〉〈歌の終わり〉の4曲が含まれていたことになります。またこれらの標題からは、第1集で夕暮れを、第2集では夜の世界を描いているという、ストーリー的なまとまりが読み取れます。さらに興味深いのは、各曲の調構成です。以下に全8曲の主調を示してみます。
第1集:〈夕べに〉変ニ長調 第2集:〈夜に〉ヘ短調
〈飛翔〉ヘ短調 〈つくり話〉ハ長調
〈なぜ〉変ニ長調 〈夢のもつれ〉ヘ長調
〈気まぐれ〉変ニ長調 〈歌の終わり〉ヘ長調
以上から、第1集は「黒鍵」の変ニ音を主音とする変ニ長調を中心とし、第2集は「白鍵」のヘ音を中心とするヘ長調を中心としていること、2集の間にはっきりとした調の対比があることが分かります。シューマンは「調の性格について」というエッセイを残していますが、ヨーハン・ダニエル・シューバルト「音楽美学の理念Ideen zu einer sthetik der Musik」中にある調性概念を参考にしたそうです。(ちなみに、変ニ長調は“堕落した一般的でない愛情”、ヘ長調は“喜びの騒々しい叫び”と定義付けされています。)
《幻想小曲集》の調性に関して、もう1点興味深いお話がありました。第1集は全て♭系の調性で構成されていましたが、唯一♯系の調(ホ長調)に転調する瞬間があります。それは第1曲目〈夕べに〉においてです。「よく考えられた」調構成だけに、このホ長調はシューマンの想いが込められている箇所であり、演奏する時にはこの部分の転調の意味を考え、充分に味わってほしいと西原先生は力説していらっしゃいました。
次は《子供の情景》です。西原先生によれば、この小曲集は動機や音程の点で、一種の変奏曲と解釈できるとのこと。第1曲目〈知らない国々、知らない人々〉の冒頭の旋律(H-G-Fis-E-D)は、6度音程での跳躍(H-G)、4度にわたる下行順次進行(G-Fis-E-D)という2つの要素から成っています。これをこの曲集の基本主題とした時、各曲の旋律には基本主題、またはその変形が含まれています。例えば、第4曲目〈おねだり〉は最も分かりやすく、右手の旋律部分に基本主題がそのままの形で現れます。また、第2曲目〈不思議なお話〉のように、旋律の中に基本主題が隠されていたり(Fis-G-Fis-G-H-A-D-Cis-H-A-G-Fis- E-D)、第7曲目〈トロイメライ〉からは6度の跳躍音程が4度になるなどの変形はありますが、やはり旋律に基本主題が含められています(C-F-E-F-A-C-F-E-D-C)。曲が進むにつれて基本主題はだんだん曲の中で希薄になっていきますが、シューマンが基本主題を軸に作曲したことは明らかで、この点でまとまりのある「よく考えられた作品」だと、西原先生はご指摘なさっていました。
最後に、《クライスレリアーナ》についてお話がありました。この曲はシューマンのピアノ作品の中でも特に、内容が難解複雑です。その理由はいくつか考えられますが、1つはシューマン自身の他作品からの引用が多数あること、もう1つにはE. T. A. ホフマンの文学作品との関わりが挙げられると思います。“クライスレリアーナ”という標題自体、ホフマンの「カロ風幻想作品集」の中の「クライスレリアーナ」というエッセイ集からの引用であり、この作品全体がそれにインスピレーションを受けて作曲されたのです。西原先生は、そのホフマンの文学作品の抜粋をプリントで配布して下さり、日本語訳ですが内容を知ることができ、受講者のみなさんにとってとても勉強になったのではないかと思います。このように、一見とりとめのない曲に思われますが、やはりシューマンは「よく考えて」作曲しており、全8曲中で順次進行からなる主要主題が絶えず展開されています。
西原先生は今日の講座の最後に、こんなことをおっしゃっていました。「楽譜を〈完成したもの〉として見るのではなく、〈プロセス〉を知って最終稿を見ることが大事。いろいろな稿を参照して、最終稿が出来上がるまでの過程を追体験してほしい」と。例えば、《幻想小曲集》の〈夜に〉の終結部には、現在出版されている最終稿とは別の異稿が残っています。また、《子供の情景》には最終的に13曲がおさめられていますが、もともとシューマンは約30曲の小品を用意しており、曲集に含まれなかった曲の一部は、《アルブムフレッター》op. 124、《いろとりどりの小品》op. 99に転用されているそうです。いずれの場合でも、なぜ最終稿のような形で曲集が出来上がったのかということを考えた時、最終稿だけを見ていた時の解釈とは異なった解釈が生まれるはずです。その結果、その作品、さらにはシューマンという作曲家をより深いレベルで知ることが可能になるのではないでしょうか。
『シューマンのピアノ作品講座』は今日で完結ですが、嬉しいことに、西原先生の公開講座を今後も企画中とのこと。今回参加できなかった方も、すでに西原先生のお話を聞いたことがある方も、カワイ音楽振興会のホームページで今後の公開講座の予定を時々チェックなさってください!
ぜひもっと多くの方に、西原先生のお話を聞いていただきたいです。
(A.H.)
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