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「レコード芸術」
誌評 2006年7月号
長女の出産を機に、ウィーンに移住したいと思うようになり、長年住んでいたメルボルンの「家財道具を売り、ビザの手続きも行わないまま、子ども片手に」でかけてはみたものの、ウィーンは彼女たちを受け入れてはくれず、「オンボロ車を買い、失意のまま東へ」と向かい、今ではルーマニアを中心に活動しているという。自らのバイオグラフィを織り交ぜながらエッセイ風に綴ったライナー・ノーツの曲目解説にも伺えるように、Hiroko(水上裕子)というピアニストはなかなかユニークなお人柄の持ち主であるらしい。シューベルトやショパンの他、モンティの《チャールダッシュ》、イヴァノヴィチの《ドナウ河のさざ波》やドヴォルザーク《ユーモレスク》、バルトーク《ルーマニア民俗舞曲》など、東欧のイメージを喚起させる曲を集めている。その演奏は指巡りもよく、曲想も良く捉えられているが、響きが濁りがちなのが惜しまれるのと、表現のメリハリが今ひとつ。でも、やさしく囁くように弾かれる《ユーモレスク》は郷愁たっぷりだし、《ドナウ河のさざ波》や《ルーマニア民俗舞曲集》の<棒踊り>の独特なアゴーギクや<足踏み踊り>のピアニッシモの独特な音作りや、<ルーマニア風ポルカ><速い踊り>の畳み掛けるようなテンポやリズム感覚は、さすがに東欧に住んでかの地の空気や人々の情や言葉に触れている人ならではのものといえるだろう。 (那須田
努)
[録音評]
空間におかれたピアノの自然な佇まいを捉えた録音である。弾き出されたピアノの音が演奏空間の隅々まで届き返ってくる様子を捉えているという意味で、このホールの豊かな響きを伴うピアノを高いリアリティをもって捉えた収録でもある。世界に先駆けてデジタル録音を行った、いわば開拓期にデンオンで活躍した林正夫による三鷹市芸術文化センター・風のホールでの2006年2月の最新録音である。 (神崎一雄)